感謝の気持ちと不満な気持ちのバランス

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昨日のお昼に家族で神野公園(佐賀市)までお花見に行ってきました。
少し曇っていましたが多くの人たちがおのおの楽しそうにお花見を楽しんでいたようです。
一番下の娘も一昨日3歳になり、『何才?』と聞くと、やっと『さんしゃい』と答えるようになりました。
この娘は、私が前の会社を辞めて4日後に産まれた娘なので、この子の年が私の起業してからの年数を表すことになります。
そして、会社はその年の7月29日に設立したので、もうすぐで3年となります。
会社運営は今まで「山あり、谷あり」というより、弊社においては谷をずっと通ってきたようなもので、今はやっと谷を這い上がって、海抜0mに戻って来られた感じです。
ただ、海抜0mというのは谷の中と違って、ずっと先の地平線が見えたり、目指す山も見えるようになるので、本当この3年間頑張ってきてよかったなと思います。
谷を這い上がってくるには、一人では無理だったでしょう。
社員がいて、家族がいて、親戚の方々、協力者・賛同者の皆様の協力と、特に、仕事に関してや幸福のための生き方に関しての心がけを教えていただけた方がいてこそ出来たことだと思っています。
また、谷を這い上がりながらも、途中では(企業)体力が付き、ちょっとした生き抜くための知恵がついていることや、自分たちだけのオリジナリティの強い商品ができていることにも気付き、今になり本当にここまで来られたことを有難く、嬉しく感じているところです。

少し前に教えていただいた心がけがあります。
感謝と不満は対極にあり、人に対する『感謝の気持ちと不満の気持ち』のバランスでどちらが大きくなっているのかが重要であること。
100%の中で、1%でも不満な気持ちのシェアが高くなると、その人は、今まで人からしてもらった恩義を忘れ、感謝もできなくなり、以前の何もなかった元の状態に戻ってしまうということです。
ある人に対して、不満より感謝の気持ちを少しでも多く持つことができれば、運も良くなりより良い方向に進むこととなります。
今までお世話になった全ての人に感謝の気持ちが持てれば、また多くの人からお世話になることが出できようになり、幸福になれるのでしょう。

ただし、感謝というものは言葉で言っているだけでは駄目で、何かしらの形で示さないと意味が無いように思います。
そして、お礼はできるだけ早い時機にすることが大切だということです。
確かに出世払いと言って返せる人も少ないみたいです。
親孝行したいと思った時には、親がいないということも一般的です。

もう一つ、感謝と不満の気持ちのバランスのように、人にとってすごく大切な原則があるそうです。

それは、『「人にしたこと」と「人からされたこと」は、必ずバランスが取れている』ということだそうです。

人からお金や物を多くもらえたことをラッキーと思っていて、その分を人には上げようと思えない人。
自分が病んだり困った時に人から優しくしてもらったり気をかけてもらったのに、人がそのような時には、自分はしてあげられない人。
人に相談をするだけしておいて、そのおかげを忘れて、成功してもお礼もできず、また成功が自分だけの努力と勘違いしている人。(私が一番気をつけないといけないことですが)

ただし、自分だけはそのことをよく知っているはずです。
そして、殆どの人たちが、「人にしたこと」より「人からされたこと」が多いことを儲けたと勘違いしてしまっているように思われます。
他人にはわからないでしょうが、もし、神様がいるとするならば、間違いなく自分の過剰な分は、取り上げられるでしょうね。
悪いことも同様、他人が見ていないところでは、やってしまうのはいけないことですね。

また、「Time is Money」という言葉はありますが、時間はお金に値するという考え方よりも、お金と時間は同じ概念であると考えるべきだと思います。
いわゆる、人のお金を取ってしまったら犯罪になりますが、人の時間を取っても犯罪になりません。
ただし、人にとっては時間の方がよほど重要だということも言えることです。
人に親身になって相談にのっていただいたことなどに対する時間とその気持ちに対するお礼、これが自然にできるようになりたいものです。
まずは、親から自分が生まれてからしてもらったことへの感謝とお礼を、親が生きているうちにすることが、人にとって一番重要なことなのでしょうね。
それが出来ないで、他人に良くするのは偽善なのかもしれません。