2006.1.3 言い訳をしない 自分にも他人にも

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皆同じだと思うのだが、日々多くの言い訳をしながら暮らしていると思う。

去年、鎌倉の心掛けを教えていただいている方に、皆言い訳して生きているということを教えていただき、自分もどんな言い訳をしているのか良く気を付けてみた。
すると些細なことも含めると言い訳だらけの行動を取っているのに気が付いた。

もしかすると、皆様も同じかも知れませんよ。



私は、毎朝起きたら直に神棚の手入れをするが、お米など一粒も落とさないように無くさないようにしている。
しかし、コツと音をして一粒、お米を床に落とすことがある。その時、『まあいいか一粒ぐらい』と以前は思っていた。
そもそも、何のために神棚をきれいにしているのかを考えると、目に見えない神様のために神棚をきれいにしているのである。
その時から、きっと神様には言い訳は通じないだろうなと思うようになった。
そして、それからはお米が落ちたら見つかるまで探すようにしている。また、お米を落とすことが無い様に気を付けるようにしている。
それでもお米が飛び散ったり、こぼれたり、無くなったりすると、何となく何か意味があるのかなと思えるようになってきた。

他にも、『今日はちょっと眠いから明日にしよう』『誰も見ていないからいいや』『これは自分に関係ないからいいや』など、毎日言い訳だらけの生活。

でも少し言い訳しないようにしてみると最初はバカらしいような気もするけれども、段々と何となく見えてくるような感じるようなものがある。

神様がいるのなら、このような些細な人の気持ちの動きを見ているのだなと、これがちょっとした成功の秘訣かもしれないなと思うようになってきました。

自分に対する言い訳は、行動を起こす前にします。
人に対しての言い訳は行動を起こした後に言います。
言い訳する前に、一瞬、言い訳しないですまないかを考えるとちょっと生活が変わってきますよ。


今日の日記も、神奈川県鎌倉の富士教会で教えていただいたことを基に書かせていただきました。